やみつき餃子の美学&イタリアワイン


僕は、かくのごとく「美しい」餃子に出会ったことがない。

長さは約5cm。高さは約2.5cm。
皮を閉じるときに折り目を入れますが、きれいに1cm感覚に
入っている。ほとんどずれがない。職人の腕。

でも大きさ、形はスタンダード中のスタンダードだろう。
つまり大人がガブリと一口で食べられる平均的な大きさ。
小さな子供には二つに分けなければ難しいかな。

焼きあがったときに具の部分が半透明になり中のニラの緑が
きれいに浮かび上がってくる。そして折り目を入れた、いわば
「のりしろ」の部分が深い乳白を呈して輝きを放つ。



 「う、美しい・・・・・!」



お店を選りすぐってなかっただけなのだろうが、外食で食べる
餃子をあまり美味しく思えなくなって久しい。だから餃子は絶対
家で自分で作る。

自分でつくる餃子は、外観軽視。ひたすら包むスピードを優先させる
からどうしても荒っぽくて、一つ一つの大きさがまばら・・・。

でも、今回は家で焼いてはいるが、通販の餃子だ。心して
食べなければという思いがいつもより強かったことも確かだ。
(「ホームプレートでの美味しい焼き方」という丁寧な説明書がついている)

テイスターとしては、ちょっと余計な力がかかっていたかもしれない・・・。

それにしても焼き上がりの外観の美しさと言ったら、まるで
白いベールにその裸体を艶かしく浮かび上がらせたソフィー・マルソー・・・。
中学時代に興奮しながら見た「ロードショー」のグラビアを思い出す・・・・。


う〜ん、肉、肉、肉・・・・・・・エロチックだ!
(餃子とソフィー・マルソー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・や、やばいな^^;)



でも、僕が「美しい」と言ったのは外観だけでは、もちろんない。

ホームプレートの蓋を取ったとたんに立ち込める香り、そこからもう
そこらの餃子とは別次元のハーモニー、香りの複雑さが感じ取れる。
それも単に複雑なだけでなくプロポーションの良さをちゃんと持続している。

香りのプロポーションとは一体なんぞや・・・。


それは、餃子で言うと、「肉=豚」「野菜=ニラ、玉ねぎ、キャベツ」「香味
成分=にんにく、しょうが」のハーモニー。

平凡な餃子は、肉が臭すぎ!肉の匂いじゃない!薬っぽい匂いの時もある。
その臭いを消すために大量のすりおろしニンニクとしょうがを使用するが、それが
利かないほどに肉が臭いときすらある。生ごみとかヘドロを思わせて悪寒すら
したときがある。野菜の香りや甘みはどこへやら。

ああ思い出すのはもうやめよう。怒りで体が震えてくる・・・・・・・。

皮で中身を包む料理の基本はなんぞや!旨味を逃がさないためでしょ?そして
その皮を破ったときの香りを楽しむ!これにつきるわけです。

でも、市場に出回っている餃子はほとんどがそうした快楽を無視して、ひたすら
ひどい肉の臭い消しに香料を使い、化学を使って変な甘みを出したり、野菜には
味も何もない・・・。





だが、どうだ!この餃子は!

蓋をとった瞬間に立ち込める香りを嗅いで僕は思わず

「おおっと!な、なんじゃ?」

と声を上げてしまった。肉の旨味、野菜の甘み、そしてにんにく、しょうがの
香りが実に素敵なハーモニーを奏でているではないか!

「た、たのむ!この匂いを嗅ぐためだったら何だってする!お願いだ!」

と絶叫したくなるほど神々しい香りのなかにわずか、ほんのわずかだけ
慈しんであげたいワイルドな香りが漂っている。豚ちゃんの香りだ。

思わず、目を閉じ、鼻で深呼吸し、腹式呼吸で鼻腔からの「行き」の香りを
吸い上げ、そしてまた鼻から出して「帰り」の香りを楽しむ。

素晴らしいのは、この調和の取れた香りに、決して突出したものがなく
すべてがきれいに混ざり合っていること。そして、その香りには、いささかの
マイナス要素、つまり肉の臭み、行き過ぎた安物臭いニンニクの香り、
トースト香キツイごま油の香り・・・・など平凡な餃子にはありがちの、それでいて
我々が普段無自覚に受け入れている香りが、まるでないのだ。

このあたりは、優秀なワインが持っている香りの性質を兼ね備えた餃子と
いえよう。

早く味わいたいという気持ちと、このままこの香りで窒息死したい、という
思いが葛藤しあう・・・・。




口に含む。

  「fヴ*うfr?」

餃子を口蓋に運び、第一の咀嚼を行うとき、人の感覚は開放され、言葉が
無化する。



口にほおばった餃子の中身の肉にまず歯が触れる人は・・・・・いない。
まず口蓋、歯が感知するのは皮の部分だ。

まず胴体部を静かに舌の先から奥のほうへと滑らせ、その慈しみ深い餃子ちゃんに
一撃を食らわせると、「ポッ」と心に灯火がつく・・・・。

あああ、この食感!!

これは、小麦を使った練り物の弾力がなせる最高レベルの「固さ」だ。
もちろん、それはセモリナ粉を使用した南イタリア・バジリカータののカヴァテッリや
卵を使用した北イタリア・ピエモンテのタヤリンのあの深遠な食感とも世界が
ちがう。

そこには、皮(パスタ)=小麦の味わいをしっかり感知させるための強い咀嚼を
促す「固さ」がある。これは、単純に「固い」とか「分厚い」というのとはちがう。

皮の厚さはむしろ薄い。中国の餃子のような厚さなど別次元だ。
特に折り目をつけた背びれの部分。コンパクトに詰まった小麦の凝縮感・・・・。

薄くて食感がしっかりしている。これは、皮をつくるときにしっかり練り上げなければ
でない固さ。そして咀嚼を促された歯が一生懸命噛めば、唾液の分泌と共に
舌の味蕾(みらい)に深く浸透し、味わいを強く感じる事になる。

そして食感だけでなく、この皮の味を深く感じなければ、餃子の快楽は一気に
墜落する。小麦の味と食感、そして餃子の具の全体のふくよかな味わいのバラ
ンスこそ餃子の快楽だ。

嗅覚で感じたとおり、この餃子の具の味わいはつきぬけた聡明な味わいを呈して
いる。フレーヴァーのプロポーションは衰えていない。そして、この味わいに
立体感をもたらせてくれるのが、ニラ、キャベツの香りと噛み応えだ。

香りでは、全体の調和を保っているこの野菜たちが、咀嚼で直接その繊維を打ち破る
と自己主張をはじめるのだ。

よしよし・・・・・んー!・・・・よしよし・・・・・ッア〜、そうそう・・・・。

僕は、まるで自分の愛犬でも撫でるかのように、目を閉じながらこのニラとキャベツの
フレーヴァーも噛みしめている・・・・・。

全体を被い尽くすにんにくとしょうがの香りがやさしい。



・・・・・・・ツ〜・〜・〜・〜・〜・・・・・・・・(余韻を楽しんでいる)


餃子の具の、タンスの数段の引き出しにきれいに仕舞われた香りと小麦のミネラルな
味わいが、モーツァルトを奏でている。

ハハ!なんたる均衡! なんたる調和!!なんたる人生の喜びよ!! ホホ〜!


しかし、こんな餃子は初めてだ。

大体が香りあたりで嫌気が差してくるもんだが、最後まで全くピンと緊張感が走ってる。

餃子と言えば、僕にとってはローマ在住時代に通ったシチリア通りの「ジャスミン」(あ!
もう閉店しちゃったかな・・・)の餃子を思い出す。あれは夢のような餃子だった・・・。

もちろん高校時代に通った「王将」もね・・・・(^^;)こちらは、余韻の、苦渋に満ちた
マゾヒスティックな快楽・・・。



どの餃子にもある種の「ソウル」がある。
「生きている」という実感めいたものかもしれないし、「生きるぞ!」という決意の
ようなものかもしれない。

今日、口にした餃子は、やはりモーツァルト的な喜び、快感にみちたハーモニーだ。



(ソフィー・マルソーにモーツァルト・・・・どんな餃子や!と思われるでしょうね、フフ・・・)


しかし、これを読んでくださっているあなたは今お気づきだろうか。

僕が、まだタレをつけていないことを・・・・・・・・。


この通販の餃子には「秘伝のタレ」がついている。
通常餃子と言えば「酢醤油」だが、この餃子は出汁から抽出した酢醤油で
「関西風薄味ですので、関東方面の方は醤油を足してください」とある。

・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、そうなのだろう。

そして、驚いた事にもう一つ但し書きがあった。

「タレの袋ひとつが3人前の量です。3人前全部食べてちょうどタレがなくなる
ようにお使い下さい」→(まるでパスタ料理の教えみたい!)

さらに

「餃子に穴を開けてタレを餃子の中まで染みこませるとさらに美味しくいただけ
ます」と。


なんと丁寧な注釈だろう。
一見「ほっとけよ。余計なお世話じゃ!」と言いたくなる内容でもあると思う
けど、そうではない。餃子への愛情そのものではないか!

1.タレをつける時の最も美味しい量を教えてくれている。
2.穴を開けて中に染みこませる、という餃子ならではの食べ方を提示している。

職人側のポリシーが見事にお客への愛情へと還元されている。

こういう注釈系って、わりと「うるさ型」の高級飲食店によくありがちと思われて
いるかもしれないけど、僕はすべての食品を売る側にはこういう姿勢が大切だと
思う。

おそらく煮干系の出汁に酢が加えられている。すこし出汁の「くせ」が前面に
でている。これは、「かつお出汁」のフレーヴァーが酢の酸によって強調された
結果だろう。

いずれにせよ必要最小限の薄味で、出汁の香りが前面に出ている。素材重視
という意味で非常に官能を刺激する出汁だ。つまり、醤油香が最小限なので
あの強いフレーヴァーで餃子の野菜や肉のフレーヴァーを消してしまうことがない。

そしてこの出汁の香りと餃子の野菜香が交じり合う時

「おお、美味そうなお好み焼きの匂いがしてくる!」

口に含むと、酢の刺激が餃子全体の旨味を盛り上げてくれる・・・。

餃子の美味さを探求していくとこうなりました!と示してくれているような
餃子だ。



さあ、これからは相性を見てみましょう!

僕の目論見は当然「ワインとあわせる」ことです。

今日用意したのは酸のキリッとした北イタリアの白、酸が比較的落ち着いた
南イタリアの白、そしてバランスの取れた果実のしっかりした北イタリアの
赤です。

相性表でその結果を一目瞭然に!お伝えします。
縦軸がワイン、横軸が餃子のヴァリエーションです。双方が重なる部分が
相性のコメントです。

もちろんやり方は「ヴィーテ・イタリア的相性術」です。つまり、餃子を
よく咀嚼してから飲み込まずに、ワインを口の中に注ぐ→餃子とワインをよく
口の中で混ぜてから一緒に飲み込む・・・です。

餃子 タレなし 餃子 タレつき 餃子 酢醤油
北イタリア白
 ライトボディ
(酸しっかり系)
酸が心地よく口の中を
洗い流してくれる。野菜の
甘み、香りとワインの酸、
香りのバランスは非常に良い。
肉の旨味、甘みに対しては
ワインの酸がシャープすぎる。
肉の旨味に重なるワインの甘み
が欲しい。また肉のちょっと癖の
ある香りとワインのシャープで
洗練された果実の酸は相性が
イマイチ・・・。
キリリとした酸を持つこのワイン。
タレの繊細な感じとは良くあうが
結局、双方の酸がお互いに主張
しあいすぎて、「どっちかにせえ!」
と言いたくなる。
醤油の香りとワインの香りが全く重ならない。醤油がアグレッシブ
過ぎてワインの繊細さを消してしまう。
南イタリア白
ライト・ミディアムボディ
(酸やわらか系)
ワインに甘みと酸のバランスがあり
比較的甘さがあるので肉の甘みと
よく重なって、酸がその全体の旨味を
ふくらました。しょうが・ニンニクの香り
とワインにわずかにある酸化香をとも
なったオークの香りがぴったりと合う。
上同様、ワインの酸がタレの酸
を邪魔している。タレの香りが
繊細なだけに、アグレッシブさ
(トロピカル系のフルーツ香)を
もつこのワインにはちとキツイ。やや酸化したワインの
香りは、餃子とは非常に相性が
良い
北イタリア赤
ミディアム・フルボディ
(果実味しっかり系)
味わいの強さのバランスは比較的良い
が果実香と樽香がしっかり出ているこの
ワインのヴォリュームに餃子がついてこ
ない。余韻で、口の中はきれいになるが
ワインの余韻だけが浮いて残る。
ワインの酸、そして
ミネラル成分のせいだ
と思うけど、香りでは
タレの出汁香が浮き、味わいでは少々金臭く
なる。
醤油の香りとワインの樽香がうまく
混ざり合って、餃子の旨味をワインの
酸が引き出している。

ざっと見ると、南イタリアのワインとプレーンでいただいた餃子、そして酢醤油で
いただいた餃子と北イタリア赤ワインが素晴らしくあっていた、という事になります。

相性では、ワインはソース代わりなので、「秘伝のタレ」が他の味付けを拒んだ
ということなんでしょう。

しかし、ここで気になるのは、ロゼの存在です。

白、赤共にぴたぴた重なる要素を持ちながら、今一歩重なりがパーフェクトと
いえない状況なら、白、赤の中間的要素を持つロゼならどうなるだろう?という
のは当然の疑問です。

またロゼと会わせてみます。



この餃子に興味をお持ちの方!是非お試しあれ!
http://www.shinken-ni-torikumu.com/gyoza/